熊田千佳慕さんの死を悼む

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 敬愛する熊田千佳慕画伯が一昨日お亡くなりになりました。     心からご冥福をお祈り申し上げます。 画伯は、98歳のご高齢でしたが未だ現役の絵本画家で、つい最近までファーブル昆虫記の虫たちを描き続けていました。 夏休みの今、東京の松屋銀座で「プチファーブル 熊田千佳慕展」が開かれている最中でもあります。 私は、熊田チカボさん・と親しげに言ってしまいますが、何時もはもっと砕けて、クマチカさん!!と呼んでいました。クマチカさんは余りにも有名な方であり、お人柄や作品などについては、多くを語らずともお分かりの方、ファンの方達が沢山さん居られましょう。・・ですから、私なりに残る思い出を少しだけここに記し、自らの心の日記として残したいと思います。 クマチカさんとの出会いは彼是二十年前になります。私が横浜市に勤務していた頃です。保土ヶ谷にある「子ども植物園」で“熊田千佳慕作品展”を開かせて戴いた時に始まりました。 その当時、クマチカさんから、変質しやすい水彩で描かれた作品の保管方法や将来的な使用権などを巡って、生活上の収入を得ながら如何に安全に守って行ったらよいかなど、真剣な相談を受けたことがありました。 提案し議論したことの多くは適わなかったのですが、それでも何度も何度も真剣に話し合ったことを通じて、心の繋がりが出来たことは私の喜びでもあります。  以来、私は定年退職を迎えてしまいましたが、展覧会が開かれた時にお会いしたり、年に何回かお宅にお邪魔もいたしました。そんな時、杉子奥様共々何時も笑顔で温和な姿で迎えていただきました。 最近、「千佳慕の横浜ハイカラ・・・」と云う師の生涯を語った三冊の本が次々に送られてきました。実は、そのお礼を兼ねて近々、お訪ねしたと思っていた矢先でもあったのです。・・・が、ついつい行きそびれていました。・・そして昨日、お宅を訪ね安らかな眠りに着いたクマチカさんとの悲しい別れとなってしまったのです。  クマチカさんとの約束が一つだけありました。私が趣味とする投げ釣りで釣った「シロギス」の絵を描いて頂くことでした。標本を、生きたままお持ちすることでより細密な絵となるよう、その機会を狙っていたのですが・・ずっと長いこと整わずで、遂にそのチャンスを逸してしまいました。 でも、師を独り占めし、ご負担をかけてしまうことが無くてよかったとも思っています。 いま、本棚にいつかクマチカさんから頂いた、ホタルブクロの可憐で優しい絵が飾られています。・・私にとって大事な宝物となってしまいました。  絵のことで、クマチカさんから伺ったことをチョッとだけご披露しておきたいと思います。 クマチカさんは、筆先(先端の毛の数本)だけを使って、昆虫や花を繊細かつ精密に描写します。決して線で描いたり、ぼってりと塗ったりはせず、全て点(今様に言えばドット)で描きます。そして絵には陰がありません。  時に、昆虫の描写を巡って昆虫学者と争ったことがあったそうです。結果は、師が繊細に描いたモノの方が本物で、学者の見識が間違っていたと云うエピソードです。「見て、見つめて、見極めて」・・・この言葉はクマチカさんが何時も言っていた事ですが、それほどの精緻な絵を描いてきたのです。  もう一つ、技法の事ですが、クマチカさんが一枚の絵を仕上げるまでには大変時間がかかります。一枚の絵に数ヶ月を要するなどということはあたり前だったのです。 その理由は、全てドットで描く事にもありますが、例えば、昆虫達が星空のもとに集まり恋歌を奏でる絵です。・・言いたいのは、そこに輝く星のことです。 誰でも星を画くには、星色の絵の具を使って星を描きます。しかし、クマチカさんはそうはしません。白い画用紙に、星となる小さな空間を残して、周りを筆先を使ってドットで塗りつぶしていくのです。幾つも、幾つも輝く大小の星はこのように描かずに残し、真っ暗な空に浮き出させるのだそうです。 知ったかぶって、これ以上云うのはやめます。最後に、私の親父とクマチカさんは、同じ1911年(明治44年)の生まれでした。私とは丁度30歳離れています。・・ですから、もう一人の親父を感じていたのかもしれません。 一度、親父と展覧会場で顔合わせをして頂いた事があります。明治生まれの二人は、直ぐに旧知のように会話を弾ませていた事を思い出しました。親父は93歳で他界し、大往生でした。・・と、云われますが、チカボさんは最後の最後まで画家として過ごされ、それこそ現役のままで天国に身罷れたのです。これこそ本当の大往生なのかも知れません。あの世でもう一度親父と、この世の平和についてでも語らってほしいと思っています。  合掌生物写真家の久保秀一さんからコメントを頂きました。 ブログを拝見しました。何にでも終わりは有るものでしょうが、せめてあと数年、神が力を貸してくれたら・・と思います。舘野くんの「しでむし」を熊田さんに見てもらえたのが本当に良かったと思います。 NHKテレビに、熊田さんと舘野くんが2人で出た時、刷り上がったばかりの「しでむし」の色校を見ながら、熊田さんは涙を流しながら、「君もいよいよ貧乏生活の始まりだね」と言っていたのを思い出します。  久保 * 熊田千佳慕さんの弟子と名乗る方は沢山居られるようですが、私は館野鴻君が唯一のお弟子さんではないかと思っています。本年3月、初めて偕成社から“子育てをする虫・しでむしの一生”を、緻密で美しい絵で綴る絵本として出版されました。また、コメント頂いた写真家の久保さんは、若い館野君をバックアップされている方でもあります。(鱚介)

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