高澤鱚介 Sea Side Blog

投げ釣り研究家

2018年09月04日(火)

「竹シンカー」造り人 判明!! [鱚介オリジナル工房]

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竹シンカー

 以前、このブログで竹細工を趣味としている方から頂いた、ボディに篠竹を用いた「竹シンカー」を紹介したことがある。
 その後、その作者との連絡が取れず、何とかしたいと、このブログでも公開捜索(大げさですが)をしたのだが、ずっと見つからずのままだった。

 実は1週間前、一通の分厚い封書が届き、差出人に「山口○○」さんの名があった。もしや?と思い、急いで開封すると、何と転がり出て来たのは2本の「竹シンカー」だった。矢張りそうだった!!・・探し求めていた山口さんからのものだったのだ・・。

 手紙には、平成18年から24年まで仕事の関係で新潟に居り、その後東京の会社に戻って3年前退職したとのこと。更に驚いたのは、住いがお隣町の伊勢原だったのである。今、その伊勢原で農作業と共に趣味の竹細工に励んでいると言う。

 送られた中には、筱竹を組み合わせた美しい「竹シンカー」と共に、持ち運びが出来る折りたたみ式の「マイ箸」が入っていた。かなり手間のかかった作品である。
 山口さんの作品は、使うことを目的としているのだと思う。だから、これからは竹シンカーも飾っておくだけでなく、実釣に使いたいし、箸も、出歩くときにも持って行き使いたいと思って居る。
 
 お聞きするところ、山口さんの作品は多く、昆虫、箸箱、孫の手、靴ベラ、ステッキ等々、多種を手掛け、時にはフリーマーケットにも出すほどの腕であるようだ!一度、覗きに行きたいと思って居る。

 小生、先般、「虎斑竹のハリ抜き」を造り販売もしたが、完成度が低いことは公表したとおりである。もう少し早く連絡が取れ、ご指導を頂いて居れば、もう少しましなモノに仕上がっただろうが・・・、残念だった!!
 
 山口さんには、こんなことも書いて返信したが、これを機会に色々と教えを蒙りたいと考えて居る。

 山口さん、どうぞよろしくお願い致します!!
 

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竹の重ねが良く分かる

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拡大


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携帯用竹箸

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中に折りたたみ箸が・・


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繫げると・・

Posted by 高澤鱚介 at 08時42分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2018年08月28日(火)

下北半島・恐山参拝と精進落とし [楽しい旅]

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恐山 菩提寺

 釣りから離れ、近隣に住む仲間6人で本州最北の地「下北半島」に旅をしてきた。
 8月24日早朝に平塚を出て、東京から東北新幹線で八戸へ、そこから青い森鉄道で野辺地駅経由にて下北駅(むつ市)まで、・・・概ね6時間だった。地図から見る遠さより、意外と時間も掛らず距離も近さを感じる。
 下北駅(むつ市)からは、予約したレンタカーを使っての旅。
 ルート順に書こうと思うが、一つ一つの記憶はカメラに任せることに・・。また、長〜くなってしまったが、良かったら最後までお読みいただきたい!
 
 先ずは、大久保さんの運転による車が向かったのは、むつ市の田名部にある「恐山菩提寺の本坊」である「円通寺」。ここで、恐山に入るためのご挨拶を済ませる・・・。

 近くに来たのだからちょっと寄って見ようか!と訪ねたのは、陸奥湾(芦崎湾)の海上自衛隊大湊基地の歴史館「北洋館」だった。大正時代に造られた石造りの建物で、ここには帝国海軍時代からの歴史的資料が多数展示されていた。
 しばし見学し、すぐ近くの「安渡館」にて軽く昼食を済ませる。・・・・・「下北牛のシチュウ」、「クロワッサン」は実に旨かった!!
 車は、「大間崎」経由で「恐山」に向かう。途中で寄った「大間の漁港」、意外や!地方にある普通の小規模な漁港で、船も決して大型とは云えずイカ専用船に混じってマグロ専用船が並んでいた。・・・この小さな船で、冬の荒海と戦いながらマグロと格闘するのかと思うとぞっとする!
 少し沖合に浮かぶ「大間崎灯台(弁天島)」がとても印象的だった。


 雨の少し降る中、車は里から山道に入り、鬱蒼と茂った杉林を超え、やがて見えてきたのは「宇曾利湖」だった。
 「三途の川」手前の門番(奪衣婆、懸衣翁の石像)に挨拶し、正津川(三途の川)を渡って、目的地の「霊場・恐山」に入る。
 ・・・ 硫黄の臭さが鼻を衝く!! 山門前の駐車場に入り「菩提寺宿坊:吉祥閣」に入る手続きを済ませる。・・ここに泊まるには半年前に予約が必要で、同行の地元「田名部」出身である藤元さんが手配してくれていた。

 山門を入ると、手前に「菩提寺前門」、奥に「菩提寺」が見え、それを囲むように奇岩や荒れた地肌が見え隠れし、そこからは硫黄臭い湯けむりが地を這っていた。左側一帯が、地獄の「賽の河原」と言うのでろう、冬の厳しい情景を思い浮かべるのだった。

 宿坊「吉祥閣」は未だ新しい建屋であったが、冷房(クーラー)は無い。風呂は広いが、兎も角、匂いのキツイ硫黄泉で体は洗えない。出る時はシャワーで落とさねばならない。・・・あまり好きでは無い温泉、さっと浸かって退散してきた!
 
 夕食は食堂で・・。広く200人もが入れると言う大広間だ。出された料理は一汁一菜とは云わないが、栄養に気遣った心のこもった一汁三菜の和食だった。これは実に美味く、修行僧として、もしこれが常食なら、小生も一度は経験して見たくなった・・。
 ただ、食前、食後に、食べられることへの感謝を込めて、坊さんの声に合わせて合唱しなくてはならない。・・・朝飯も全く同じ・・。箸は、夕食で使ったものを朝にも使い、その後は土産として持ち帰る。

 食事後、部屋に戻り、皆で持ち込んだ酒や肴でお喋りもしたが、早朝からの旅の疲れもありさっさと早寝した。・・・だが、正直言って、硫黄臭さ、室温の高さなどから何度も起こされ、決して熟睡出来なかった。・・これは普段の「贅沢な生活の乱れ」に対する「罰」だったのかもしれない!


 25日は、午前6時から菩提寺本堂で行なわれるご祈祷に参加した。・・・

 食事後、いよいよ「恐山の地獄めぐりである・・。硫黄臭さに包まれた「賽の河原」の中を、石地蔵や塔婆、仏堂や三角に積まれた石塔婆、風車などを辿り、最後は宇曾利湖の「浄土ヶ浜」へ。そこには東北大震災で亡くなられた方々に向けた大きな石仏が建てられていた。 皆で合掌する・・。

 ・・約1時間の散策だったが、それらは写真に・・・。


 今日のドライバーは日下部さん。・・昼は、昨日通り過ぎた津軽湾側に位置する「大間崎」に「マグロ」を食べに行くことに・・。
 ここぞ!と入った店は「大間んぞく」と言う地元の魚介類を提供する、庶民的な定食屋だった。美味しいマグロは築地に行ってしまい大間には残らないと聞いた。だが、そんなことは無い。懐さえ豊かであれば、幾らでも贅沢は出来そうである。でも、我々が選んだのは、ごく庶民的な「ぶつ切りマグロ定食」と「マグロの唐揚げ」だった。 実に旨く、女将が特別ですよ!!と出してくれた日本酒「楽器正宗」(福島産)が、それを更に引き立ててくれたのだった。

 腹一杯にして、車は陸奥湾側に位置する「佐井村」に向かう。ここは豊かな産物が獲れる漁村である。村中の地産マーケットに寄り海産物土産を購入。ウニを始め魚や海藻類が沢山あった。

 宿は「民宿みのや」さん。経営者は、地元育ちの藤元さんの高校時代の友人だと言う。風呂を出て、未だ夕飯には早いが、5時には席に着く。・・・沢山の美味しそうな民宿料理が並んだ中、夕食が始まった。 お酒もドンと一升瓶が・・。

 だが小生、昼の食事量が多かったのか、喉を通らない。・・旨そうなカレイの煮つけ、マグロ、ブリ、イカなどの刺身、ウニのそぼろ煮、ホタテ、サザエ、焼きイカ、カズノコ、トマトやナスの煮つけ等々、実に沢山!! ・・・残すことも出来ず、ゆっくりと時間を掛けて味わった。

 翌朝26日、最終日は朝食後、佐井村の外れにある「仏が浦」に観光船で海上から見る計画だったが、生憎海が荒れ船は出ない。ならば、岸辺の展望台からと云うことで、この日は小生の運転でそこに向かった。
 狭い道、上下の山坂を通り、途中、沢山の「子連れ猿軍団」と出会いながら展望台に着いた。
 遠くから見える奇岩、確かにまるで仏様が何体も並んだ姿に見える。かなり広範囲に広がった石柱群で、海から近寄ったらさぞ素晴らしいだろう!!

 ここからUターン。佐井村を通り過ぎ、昨日来た道を引き返す。

 最後に、むつ市内の「田名部神社」、「常念寺」に寄ってみた。どちらも大きく立派で、地元民の信仰心の強さを感じる。・・が、一方田名部神社を囲む街区は「神社横町」と言い、小さな飲み屋が連なっており、そっちの方もお盛んなことを感じるのだった!!

 少し早目にレンタル車を返却し、下北駅を離れ「八戸」に向かった。・・八戸市街地は、新幹線や北の森鉄道が着く八戸駅から、約3キロくらい離れている。

 この本市街地には、誰も、これまで行ったことが無いと言う。兎も角、行って見よう!! ・・・タクシーに乗り、案内されたのが、八戸一番の飲み屋街と云われる「みろく横丁」だった。
 3番街と6番街の道を横につなげて造った、一軒一軒が出店風に連担して造られた飲み屋街であった。ゴミも無く、良く整理整頓された清潔感のある飲み屋街であった・・。

 たまたま入った店は小奇麗で、少し品のある女将の声に誘われたのである。そこで、タコの白子、ホヤの刺身、ホタテ桜肉など、珍しいモノばかりを食べながら、吾輩一人は、アルコールが弱めの「トマトサワー」で満足した!!

 楽しい旅だった。

 計画は全て藤元さんに任せてしまい申し訳なかったが、仲間6人(片野さん、日下部さん、寺山さん、大久保さん、藤元さん、小生)は、お互がお互いを察し合える年代層、気が置けないとても良い旅だった。

 皆さんに感謝しながら、この稚拙なまとめも終わることにした。 後は、写真を見頂ければ幸いです・・・・・!!

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青い森鉄道車内から陸奥湾が見えてきた

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下北駅


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本州最北に来た!

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これが下北駅舎


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北洋館

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石造りの館


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玄関

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館内展示物


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名物の海軍カレー

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下北牛のシチュー


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菩提寺本坊円通寺

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象徴的な老松


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三途の川の「奪衣婆」

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三途の川の「懸衣翁」


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三途の川の番人

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由緒書き


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宿坊の夕飯

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宿坊の朝飯


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菩提寺前門

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菩提寺前門の風車


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中の院

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薬師の湯


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火は使ってはいけません


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風神?

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雷神?


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壺中の少年を助ける

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壺が割られて救出!


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大塔婆

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地獄散策


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東北大地震慰霊塔

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裏には手形が・・

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宇曾利湖・浄土ヶ浜


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賽の河原

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田名部神社鳥居

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田名部神社


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神社横丁飲み屋の看板

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神社横丁の一角

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常念寺山門

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常念寺

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山門の仁王像

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大間のマグロ船

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マグロの揚場


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大間んぞく 店内

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記念に!


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大間漁港

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大間崎灯台 弁天島


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民宿みやの 夕食

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女将さん


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乾杯!!

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朝飯


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仏が浦展望台にて

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ここが仏が浦


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旅も終盤

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みろく横丁

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ここに入って!

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群馬、石川からの客も!


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Posted by 高澤鱚介 at 15時48分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2018年08月02日(木)

磯・投げ情報誌・・廃刊!! [思い・雑感・・あるまま]

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創刊号と最終号です

 我々、投げ釣りマンにとって長く愛読されていた「磯・投げ情報」誌の出版元である「海悠出版株式会社」が、破産申請手続き(事実上の倒産)に入ったと報じられている。

東京商工リサーチの報道は、
(株)海悠出版(TSR企業コード:296469319、法人番号:1010001075691、文京区湯島2−9−10、設立平成4年10月、資本金1000万円、福田千足社長)は7月25日までに事業を停止。事後を高島誠弁護士(アクセスライツ法律事務所、渋谷区恵比寿南2−6−14、電話03−6451−2800)に一任し、破産申請の準備に入った。
 負債は現在調査中。・・とあり、

また、帝国データバンクもこう報じている。
 当社は、1992年(平成4年)10月に設立された釣り雑誌出版業者。磯釣りや投げ釣り、堤防釣りまでの海釣り情報をまとめた月刊誌『磯・投げ情報』を発行するほか、ムック本『磯釣り秘伝』『釣り場ガイド』『友釣り秘伝』などのシリーズものや、電子書籍、DVDの編集・販売もおこなっていた。釣りファンの支持を得てコンスタントに出版物を発行できた2008年9月期には年売上高約2億5000万円を計上していた。
 しかし、東日本大震災の発生により、ポイントの多い東北地方での取材が一時困難となったことで刊行物の発刊が滞ったほか、同地域を中心とした釣り需要の縮小などから業容が徐々に低迷。紙やインク等の原材料費や印刷外注費が高値で推移したことで収益も悪化し、人件費などの固定費削減に努めていた。釣り具メーカーからの広告費収入も減少するなかで、業況の回復が困難となったことから、今回の事態となった。

 小生は、この海悠出版とは縁が深い。前身は大陸書房と言う出版社の「磯・投げ・堤防」であったが、この会社も、この度と同じように時代の波に漏れず倒産。その後、同社に勤務していた記者達が新たに起業したのが「海悠出版」である。
 
 この「海悠出版=磯・投げ情報」との付き合いは創刊当初からだった。今、これが無くなってしまうのは何ともさびしいが、厳しい現実を受け入れざるを得ないのだろう。
 
 でも・・・というか、単なる噂では無く、正しい筋からの情報を知った。
 今出されている釣本の多くはルアー中心だが、従来からのオーソドックスな釣りを中心とした「磯・投げ情報」の中身は、今でも可なり人気があるのだと言う。
 悪化の原因は「広告収入が減り、製作費の高騰にあった」と言い、これら等が改善すれば十分成り立つだろうと、既に何社かが目を向け、再開に向けた動きがあると言う。
 
 勿論、これまでと同じようには行くまいが、投げ釣り、磯釣りを中身としたポピュラーな情報誌として、もう一度復刊れることを期待して止まない。


Posted by 高澤鱚介 at 16時05分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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プロフィール

高澤鱚介

高澤鱚介 (本名:高見澤 佑介)
 1941年東京に生まれ神奈川県の相模湾に面した二宮町に育つ。少年時代に竹サオに木リールでシロギス釣りの基本を覚え、以来、変遷する最先端の投げ釣り界で過ごす。「高澤鱚介」の名で長らく釣り誌等に執筆、NHK・TV等の釣り番組にも出演。昔日のオリムピック釣具のテスターとして、また、全国の釣り場環境保全に取り組むNPO法人イエローガイズ専務理事として長年に渡り活躍。現在、公益財団法人神奈川県栽培漁業協会の評議委員、全国釣り団体協議会の公認フィッシングマスター。さらに、釣り団体が主催する釣り行事や各地で開かれる釣りクラブの懇親会等に参加するなど、シロギスを求め全国を行脚中。同時に、近時は船のシロギス、カワハギ釣りにも挑戦中。一方、本物の釣り道具を伝承すべく「鱚介オリジナル工房」を主宰、鱚介テンビン「真打ち」や、ウッドシンカー「SMABS」、多連仕掛け巻き、オリジナル竿立て等々の名品を手がける。(神奈川県平塚市在住)

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