土佐の高知への遠征釣行は今回で何度目だろう。最初が1989年だったから、もう15年も通っている。年に2〜3回、毎回3〜4日間は釣りをしているから、可也・・と云うことになる。この間、大概は良く釣れたとの印象は強いが、全く釣れなかったり、大雨の凄さに驚かされたり、風邪をこじらせて急遽帰宅したりと思い出は尽きない。また、私と一緒に釣行した方も多く、先方にも随分多くの釣友が出来た。そんな中、常に面倒を見て戴いているのが高知市内に住む、堀オリジナル工房の堀川宗雄さんである。今では、兄弟のように気心を通じた、勝手な付き合いをしており、今回も、一年で一番忙しい年末から正月までお邪魔した次第なのである。12月28日、午後の便で高知竜馬空港に着く。堀川さんとRYOMAサーフの吉永武司さんが迎えてくれる。吉永さんは全日本サーフの高知協会会長も務める方で、物静かで穏やかな方である。夕刻、高知中央サーフの弥園順次さんの誘いで、土佐酒場に行き釣行計画を立てる。ビールを飲みながら、好物のチャンバラを食い、土佐捲きを食い、腹を膨らませる。栗焼酎ダバダ火振を飲みたかったが、少々胃が疲れており残念だが止めておく。明日の釣行を考え早めに切り上げる。29日、午前6:00、堀川、弥園、私の3人で一路、「宿毛」に向かう。高知県の最西に位置し、愛媛県に接し、宿毛湾に面する町である。昨年5月にまあまあの釣りをし、冬場を期待していた所である。旧中村市(町村合併で、今は四万十市となった。)で四万十川を渡り、2時間ほどで「大島の船着き堤防」に着く。早速、人っ子一人居ない釣り場で投げ始める。居る。確かに居る。しかし、16〜18センチの小振りである。時間が惜しく、暫くして止めて次の「土佐清水市の竜串」に向かう。5月に30.6センチをゲットした海岸である。浜は浅く、今の季節は深場のある観光船堤防に行く。しかし、一見して無理と見た。底に黒く、ノリ状の藻がべったりと付いてしまっている。投げてみたが矢張りダメ。次に向かったのは、「あしずり港の大堤防」。ここでも芳しくない。皆が2〜3尾釣ったところで諦める。今日はダメか。諦めるか。・・と云いながら、風の頼りに聞いた「清水漁港」に行ってみた。ここは街中の船着き堤防で、こんな所?・・と云う所。直ぐ目の前に鹿島神社があり、遠くには投げられない。しかし、驚いたことにいたのである。弥園さんがチョイ投げで数尾を釣る。私は最初の一投で大きなアタリに慌てて合わせてしまい、エダスが切れてしまう。可也の大物?だったと思うがどうしようもない。そして次の一投、ザマを見ろ!27センチをゲットする。続いて、弥園さんも良型を一荷で釣る。やがて4時を過ぎ、今日の釣りを終わる。釣りの最中、前の鹿島神社で婚礼があった。海岸沿いの木立に沿って、白い花嫁衣裳が夕日に照らされながら鳥居に向かっている。しおしおと歩む姿が何とも脳裏に残っている。正月の帰郷の折、式を挙げるカップルは意外と多いそうだ。この日は、中村市街の「民宿中村旅館」を予約していた。何時ものように「食事の用意は出来ない。風呂は沸かしておく。素泊まり3500円」との事。宿に荷物を置き、女将さんの紹介で夕食に行く。割烹と云うから構えていったのだが、さに有らず。気の利いた和食料理店であった。料理のメニューは意外と多く、味もまあまあ、値段も手ごろだった。次回も多分ここを選ぶだろう。30日、明け方近く目覚めると、クビから肩にかけて痛みが走る。どうやら寝違えたらしく、このままではサオは振れそうにない。朝まで待って正直に状態を話す。さて、それは大変と薬屋を探すが、そんなものある筈が無い。もしやと思い、コンビにに飛び込む。張る温シップを見つける。恥も外聞も無く、店の隅でシャツを脱ぎ首や肩に張ってもらう。血行を良くさえすれば痛みは治まるだろう。さて、こんなアクシデントで遅れてしまったが、今回一番の期待先、「四万十川河口の下田大堤防」に行く。左岸の青砂島海岸は埋め立てが進み、擁壁護岸とテトラの投入工事が進んでいる。右岸、河口の方は以前、半島状に砂州がありワンド状の浜を形成していたが、今はその砂も無く、海になってしまっていた。堤防からの釣りは可能だが、船が出入りしているからやりにくい。砂浜が無くなる事は投げ釣マンにとっては何とも寂しいことである。堤防で、吉永さんと合流する。昨年、この突堤先で始めて吉永さんにお会いした場所でもある。4人、一斉に自分の好きなところに座を取る。私は、100メートル先の湾側。4色でいいアタリ。巻き上げると水中深くから白い魚影がゆっくりと上がってくる。20センチクラスだ。次も、その次も来る。矢張り来て良かった。ならば、もっと釣れる所を狙おうと、400メートル?先きの堤防先端に行ってみた。ここにも居る。喰うまでの時間は要するが、単品で空振り無く入れ掛りである。そのうち、堀川さん、吉永さんが匂いを嗅ぎつけて来る。私が届かない範囲やテトラ越しに投げ、ゆっくり待ったり、追い食いさせながら2連、3連と釣り上げる。型は、18〜26センチまでだが、平均すれば21センチくらいだろう。しかし、投げる先のシロギスは限られていよう。名手が集中して釣ってしまった為か、暫く後には食いが悪くなる。結局、昼までねばり、一人30尾も釣ったろう。打ち止めとした。午後は、高知に戻りつつ、鯨ウォッチングで名高い、大方町の「田ノ浦漁港」、「入野漁港」にサオを出してみた。だが、ここでは芳しくなかった。この日は、堀川さん宅に泊まる。遅くまで、オリジナル釣具やパソコン操作などの話が弾む。翌31日、大型、尺ギス狙いで「須崎市の安和海岸」に行ってみた。特に、ここでは弥園さんが一年を通じて攻め、尺ギスを3〜4尾釣っている。私も何度か来ているが、尺には及ばない。27〜28センチ級は何尾かゲットしている。しかし、この日は、岩イソメでもジャリメでも全く魚がいない。暫く後、堀川さんと「須崎の漁港」に行ってみた。ここは船道が狭いが、水深は1万トンクラスの貨物船が運行できる。しかし、残念ながらここも全くダメ。諦めかけた頃、弥園さんから電話が入る。打ち合わせどおり、久礼漁港に向かっているが、ちょっと先の「上之加江漁港の堤防」に行ってみるとの事。我々も、そっと後を追いかけた。弥園さんが期待を込めて選んだ場所だ。釣り場はテトラ上だが、平面体のあるテトラだから安全である。そこでビックリ。20〜23センチクラスが、近い距離3〜2色で来る。私はポチポチと釣って12尾、堀川さんが20尾、弥園さんが15尾と快釣であった。この日は、大晦日。早上がりとした。弥園さんは2日にまた来るという。羨ましい。(今、弥園さんが20数尾ゲットしたとのニュースが堀川さんから届いた。)高知は良い、矢張りいるところには未だ幾らでも居る。大体、高知の投げ釣マンは少ないし、場所の開発も進んでいないと見てよい。通年に渡って釣りが出来れば、マダマダ尺ギスも沢山いよう。慌てることはない。又、その内に来ればよい。そんな思いを残しながら、05年のサオを納めた。